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RedColtClub 小説の間

2.ロッソ=ブランドの手記(2)

 “あれ”は夢だったのだろうか。
 昨夜、私を見た例の友人は私へまずこう言った。
「お前……オレの刃を“掴んだ”のか?」
「そうだが……それがどうかしたのか?別に刃の根元くらい誰でも―」
「……いや、何でもない。それより、オレのペット知らないか?」
「知らないが……お前、ペットなんて飼ってたのか?」
 10年間の付き合いでコイツがペットを飼っているなんて聞いたことがない。と言うか、動物の世話なんて絶対にし無さそうな性格に見えるのは私の偏見だろうか。第一、モノにもよるが、ペットはそう安くはない。コイツの嗜好にあう動物などどうせ希少動物だろうし、そうなると経済力的に少し考え難い。
「ああ、ちょっとな。……ま、もう少し探してみる。」
 別れてからの家までの帰り道、彼と対峙した時に見たあの異様に光る刃とそれを掴んだことに対する彼の非常な驚きを聞き損ねたことに気付いた。まぁ、また聞く機会はありそうだが……
「……先生?」
「え?」
「たまご……焦げちゃいますよ?」
「え?あ?ああ、そうだな……」
 今度は料理中にケイから現実に引き戻された。そして、私の分の目玉焼きは片面がこれ以上ないほど焦げていた。こんなもの、自分で作ったのでなければ決して食べないだろう。
「うわ〜……コレ、食べれるんですか?」
「…………………」
 片面真っ黒な目玉焼き。……これも何かの縁と思って一応挑戦はしてみるさ。

 午前の回診を終え、午後の自宅での診察のために帰宅した。ちなみに、私はいつもは午前は王立病院で回診を行い、午後は自宅で普通の町医者と同じことをやっている。王立病院と言うのは主に貴族や高位の軍人が使用する病院だ。王立と言っても、貴族連中が勝手に作ったものだ。そこでは優秀と言われる医師が働いていて、何故か私にも声がかかり、午前中―朝7時から12時まで―だけそこで勤めている。金持ち連中ばかりなので正直、私には居辛い場所なのだが……
 ともかく、患者が来る前に昼食を簡単に摂る。ケイは……今日もいない。自分で何処でも行ってこいと言っておいて難だが、毎日何処へ行っているのだろうか?
 コンコンッ。
「あー、はいはい。ちょっとお待ちくださいねー。」
 ドアを開けると……そこにいたのはヴィンセントだった。
「あ…………」
「ほら、昨日……お前の猟銃ぶっ壊しちまったからな。コレで勘弁してくれよ。」
 そう言うと、彼はいつもの微妙な笑みを浮かべながら、私の持っていた猟銃の二倍くらいの金を渡してきた。ペットのことと言い、コイツは実は意外と裕福なのだろうか?それとも最近何かで一発当てたりとか……?
「……………………」
「ん?どうした?」
「いや……それより、昨日言ってたペットは捕まったのか?」
「ああ。おかげさまでな。」
 そして、私に突きつけられた刃について言おうとしたときには、もう彼の姿はなかった。思えば、彼はいつも私の気付かない間に姿を消していた。

 夕食の後、昨日と同じようにケイの勉強会を開いた。ケイは相変わらず時々ふんふんと頷きながら熱心に私の話を聞いてくれる。患者もこれくらい私の言うことを聞いてくれればと思いながら、意外としか言えないほど知的好奇心に満ち溢れた少女に話をした。
「……さ、今日はこの辺にしておこうか。」
「は〜い。……ところで先生?」
「ん?」
「昨日の夜…………何してたんですか?」
 コイツ……気付いていたのか。意外と侮れないな。
「別に何でもないさ。ちょっと外で変な音がしたから確認に行ったんだよ。」
「ホントですか?怪しいですねぇ〜」
 ケイはからかうように…からかって言う。どうもこの辺りが私は苦手なのだが……
「つついたって面白いことは何にもない。………さ、そうとわかれば早く寝るんだ。」
 まだ何か言おうとするケイが言葉を発するより早く、私は足早に寝室へ向かった。


 ここは夢の中なのか……
 無数の人外の累々たる屍の中心に私は立っている。
 全身を朱に染めて。
 少し遠く、人影が見える。
 まるで寓話に出てくる魔法使いのような格好をした少女。
 年の瀬は13、4くらいだろうか?
「君は……誰だ?」
「…………………………」
 微かに、唇が動いた気がした。
「聞こえない……」
「……わからないの……」
 少女は顔を上げ、私を見た。
「私が……誰なのか……わからないの?」
 服装こそ少し派手だが、普通の容姿で、普通の声で、言われただけ。
 だが……一瞬、違和感がした。
 そして、一度瞬きをした途端……
「!」
 脳裏に強力な電流のように流れる理解できない何かの感覚。それとともに、どうしようもないほどの悪寒と恐怖が身を支配した。
 死を……いや、もっと恐ろしいものを……見た気がした。

「ハァ……ハァ……」
 夢……。そう、夢だ。少しわけのわからない夢を見ただけだ。
 しかし、何か違和感を感じざるを得なかった。
 私は、そんな感覚を忘れるために、いつものように自分のクセだらけの赤髪と格闘し始めた。

「おはようございま〜す♪」
「ああ、おはよう。」
 恒例になった二人分の朝食を手短に作る。その頃には、今朝見た夢のことなど殆ど覚えていない。起きた時に感じた妙な感覚も、努力せずとも忘却の彼方へ去っていき、私の感覚から失われていった。
「先生、そういえば今日ってモチロンお休みなんですよね?」
「ああ、そうだな。」
 今日は日曜日だった。少し前、再び安息日について宗教家の間で議論になったらしいが、私は当時も今も日曜はだいたい休んでいる。無論、急患が出たときはまた別だが。
「お暇でしたら一緒に美術館行きましょうよ。」
「美術館?そんなものあったか?」
「はい♪昨日、八百屋のおじさんが場所を教えてくれたんですよ。確か…ワールス通りっていう場所に……」
「……………………」
 ワールス通りというのは、ここから最低3時間は歩かないと着けない。その八百屋のオッサンもよくそんなメチャクチャ遠い場所を薦めたものだ。と言うか、この流れは私もそこまで歩かされるということなのだろうか……



「うわ〜、星が綺麗ですねぇ〜♪素敵だと思いません、先生?」
「………ああ、そうだな……………」
 芸術を堪能した(はずの)帰り道、朝に出かけたのに何故かもう完璧に夜になっていた頃、ようやく家まであと30分という所まで来た。相変わらず彼女は何かを見つけては嬉しそうに声を上げる。日常の些細な発見を主張する連中の話を聞いたこともあるが、彼女はそういうレベルではない。多分日々忙しい(せわしい)人間を小馬鹿にしている偉そうな奴らも彼女にはお手上げだろう。私はと言うと、もうバテバテで物言う気力すらどんどん減っている。
「ん………………?」
 遠くに、なにか生物のようなもののシルエットが見える。見た感じ人っぽく見えるが、大人よりは小さく、子供にしては太りすぎだ。そんなことを考えたり、ケイがあれは何だと言いながらそれと私たちの距離は縮まっていく。そして、ほんの数歩の距離になった時、
「ガルアァァァアァァァ!!!」
 “それ”はいきなり絶叫し、飛びついてきた。私は反射的に、ケイに危害が及ばない距離まで、そいつを全力で投げ飛ばそうとしたが、奴を掴んだ瞬間に私の体は地に押さえつけられていた。
「く、そ…………!!」
「先生!私、助けを呼んできます!」
 ケイが走り去った頃、私は相手の顔面を思いっきり右手で掴んで天へねじ込むようにしてそれの上体を引き離した。しかし、相変わらず凄い勢いで私の首を捻り切らんばかりの攻勢は止まない。そして、一瞬のうちに私の右手は敵の顔を反れ、逆に私の首に向けて二本の手が飛んできた。
「チッ……ど…けぇっ……………!」
 私は動きを封じられた中で、渾身の力で左手を奴の脇腹へ叩きつけた!
「ガァァアアァァ!!」
 ズバァンッ!!
 そこには真っ二つに切れた固体が転がっていた。私ではない。私を襲った、人とも獣ともつかない謎の生物が、胴から上下、真っ二つに切れていた。そして、私の左手は朱に染まっている。
 何が起きたのか、私には理解できなかった。


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