3.ヴィンセント=ジェズアルドの手記(1) オレがケイに連れられてそこへ着いた時には既にオレの出番は無かった。 ロッソは地に倒れていたが、それはただ単に疲労によるもので、意識もあった。しかし、彼を襲ったはずの“悪魔”が何故胴体から真っ二つに切れていたのかが不思議だった。“アレ”は銃刀その他を以てすらそう簡単には殺せない。それが真っ二つに切れていた。 いや、その疑問の答えもロッソをそこで見た時には全てわかったのだ。もしかしたら初めて彼と会った時から。ただ、信じることができなかった。 自分の親友が、自分と同じ闇に呑まれていく予感を、必死で否定したかったのだ。 しかし、そんなことは後で考えればいいことだ。今は― 「さ、二人とも悪い夢でも見たと思ってさっさと帰るんだ。ロッソはオレが担いでやる。」 そう。早く二人を帰してやれば…… 「ったく……それで済むとでも思ってんのかい?」 「…………お前か。」 早く返さなければならないと思った理由、それは今後ろからオレたちに制止を促した女に見つかりたくなかったからだ。が、もう遅い。そいつの名はスティア=フェルシア。世間的には姉御肌で通っているが、オレから言わせてもらえばただの自己中だ。ともかく、そいつの方へロッソもケイも振り向いてしまった。強硬手段として無理矢理帰す、ってのもあったのだが…… 「先生、誰ですか?あの人。」 「知らんよ。ヴィンセントの知り合いじゃないのか?」 「知り合いと言えばまぁ、知り合いだけどな。」 職業上の鬱陶しい縁とでも言うか……まぁ、そんなものだ。とりあえず、こっちから先に何か言わないとな。あいつに喋らせたらたまったモンじゃない。 「スティア、何のようだ?」 「そこのを殺ったやつに用があるんだよ。」 予想はしていたが、正直この展開は避けたかった。……アイツの考えてることがわかるからだ。 「私か………?」 「そうだよ。アンタ、どこで今の……」 「スティア。」 このまま話させておくのもあまりうまくない……ここはとっとと話を中断させ、この場を切り上げる方向に持っていったほうが得策だろう。 「今日はもう遅い。話は後日……でどうだ?」 今後の話の理解のために、オレから“悪魔”というのが何なのかをここで話しておこうと思う。ロッソを襲ったものがそれに当たるのだが、アレはおそらく旧制(第一、第二王政)フィエール王国(現在オレたちがいるのが第三王政フィエール王国)に大量に行われた捕虜の“魔術式生物実験”の産物と思われる。 それを説明するには簡単に“魔術”についての説明が要る。魔術は古代文明から存在するもので、最も原始的なものは紀元前数千年とも言われるが、もっと古いとも言われている。ここで言う魔術を簡単に定義すると、自然現象を無理矢理発生させる触媒、だ。その成果として起きるのが発火、落雷などで、その発展系として生物同士を合成して兵隊を作ろうとする実験が旧制フィエールなど、一部の国で盛んになった。その対象となったのが人間の理性を持ち、野獣のような運動能力を持つ者。それを大量に開発し、自国の戦力を強化しようと考えたのだ。しかし、その全ては失敗に終わった。理性という点は1%程度の確率で成功したが、兵として使うには統制が取れず、その理性も興奮するにつれどんどん失われていったのだ。そして、研究機関の崩壊、又は国家そのものの崩壊などによってそれらは逃げ出し、生き残った中で更に繁殖能力を持ったものが何体かあった。それがあっという間にとんでもない数にまで増えてきた。一部では外傷で感染するウィルスなどがあったとも言われるが、ハッキリした情報はない。 また、“悪魔”は幾つか他にも種類があるが、その辺はまだ必要のない知識なので省略する。 そして、それら“悪魔”は生み出された性質上、ロッソにそうしたように人を襲う。それの駆除を行うのも“魔術”だ。ただし、現代では“魔術”は適正者の数の少なさから機関では使用されず、“魔術”狩り用に500年ほど前にある魔導師(魔術使い)が創始した“霊術”が使われている。オレやスティアの仕事がその“霊術”による“悪魔祓い”。一応、国家機関、つまり軍の一部に所属している。他にも教会の中にも“悪魔祓い”専門の機関が存在する。 そして“霊術”の取得は才能と長い絶え間ない努力によってのみ達成される。しかし様々な危険を孕むがために秘匿の存在なのだ。故に一般人への漏洩は決して許されない。(が、実際には一部への漏洩がある。)今回の事件の最大の問題は、一般人であるはずのロッソがその霊術を確かに扱ったということ。素手で悪魔を切れるのは霊術以外にあり得ない。そして、真剣を使っても悪魔の体を切り裂くのは困難。つまり、彼の術は既にある程度…場合によっては、かなりの域に達している。よって、彼が術を会得した経緯などを詳細に知る必要がある。似たようなケースは幾つかあり、たいていは“悪魔祓い”の機関の一員(霊術師)となるか、こちらから術を完全に封印することによって問題は終わらされている。 以上のことをオレはロッソにもっと簡略化して、特に最後の部分だけは隠して伝えた。 「……と言われてもな………別に霊術とやらの訓練など聞いたこともやったこともない。」 「何かないか?昔、身の回りで何か不思議なことが起きたとか……」 そして、厄介なことに彼は元々自分の霊術に対する自覚がなかったらしい。似たような事例は少し聞いたことがあるが、たいてい何らかの自覚があるはずで…… 「あ……そういえば、ないこともないぞ。ただ……それが霊術なのかはわからない。第一、悪魔とやらを切れるほど凄いモンじゃない。」 「それでもいい。聞かせてくれ。」 「2年くらい前なんだけどな……帝国から脱走してきたって言うヤツと会ったんだ。そいつとは多少気があってな、そいつに職を紹介してやったんだ。そしてら、その礼代わりだと言って、紙を切る技を教えてくれたんだ。……たいして役に立たない大道芸だけどな。」 「紙を切る技……?」 「折り目をつけたり刃物を使わず、指で紙の表面をなぞるだけで真っ二つに切れる……こんな風にな。」 ロッソは実演してみせてくれた。何枚かの紙束を机の上に置き、それを軽く、ゆっくりと右手の人差し指でなぞる。そして、端から端までなぞった後、紙は触れた一枚だけ、見事に真っ二つになった。 「な…………!」 これは間違いなく、霊術だ。しかも……相当高度なテクニックだ。オレ自身、ここまで完璧にはできない。触れた一枚だけを真っ二つにするというのは、もはや達人といっていいだろう。これが全ての指でできるなら、昨日の悪魔を倒したのも至極当然というものだ。だが…その事実に、本人が気付いていない。 「その男のこと、もうちょっと詳しくわかるか?名前とか……」 「ラドガエル=フォスカートとか名乗ってたが、多分偽名だな……別の名前で宿取ってたしな。」 「そうか……参考になった。ありがとうな。」 ハッキリ言って、あまりうまくない事態だ。こうなると、軍部がここまでの技術を持つロッソを見逃すはずはない。仮にそれを逃れる手があればいいのだが……などと考えているとケイが二階から降りてきた。彼女もすっかりこの家の住民みたいだな。 「あれ?もう帰るんですか?」 「ああ。また来るよ…うまい話じゃないかもしれないがな。じゃあな、ロッソ、ケイ。」 「あ、ああ…………」 まったく……面倒な事になったもんだ。 「なるほどねぇ……で、どうなんだい?アイツの実力の程は?」 「知るか。っつーか、オレにそんなこと聞くな。」 その後、オレはスティアに現状を報告しに行った。正直行きたくなかったが、仕方ないんだよな… 「でもね……アタシは確かに、あの斬撃を感知した時、熾天使級の力を感じたんだよ。」 「ハァ!?冗談言うな。熾天使級なんて幾らなんでも………」 「そう。じゃ、アレは何だったのかねぇ……」 熾天使級というのは、霊力(霊術・又はその抵抗力の強さ)のランクの一つだ。上から順に熾天使級、智天使級、座天使級、主天使級、力天使級、能天使級、権天使級、大天使級、天使級となっている。上から3つごとに上級三隊、中級三隊、下級三隊と呼ばれ、中級三隊以上は高位と基本的に認識されている。その中でも上級三隊、しかも熾天使級となればもはや別格。現在、人間で熾天使級の霊力を持つとされているのが世の中にわずか二人。どう考えたってロッソがそれらと同格なんてあるわけがない。だが、スティアの感覚は絶対だ。それはオレ自身よく実感している…… 「まぁ、もうちょっと様子を見る必要があるね。推測するのもその後さ。」 「わかった。」 「それでお前はアイツをどうするつもりなんだ?」という言葉が後に続きそうになったが、結局言わなかった。余計な争いにしたくなかったのかもしれない。仮にアイツを軍の霊術師機関へ引き込む気なら、オレはスティアを含め、霊術師全員を敵に回して、場合によっては殺してでも止めるつもりだ。もっとも……そんな事態だけは避けたい。 「ったく……厄介だな。」 いつもと変わらないと思っていた日常がにわかに動き始める。ロッソの霊術を巡って、一体何が起きるのだろうか……その答えは、まだオレの知る由もなかった。まだ、この時は。 |
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