RedColtClub 小説の間

4.ロッソ=ブランドの手記(3)&ヴィンセント=ジェズアルドの手記(2)

 日常は過ぎて行く。朝は病院で、昼は家で治療を行い、夜はケイに勉強を教える。あまりに単調な日々。しかし、私の頭の中にはあの時のことが未だに居座っている。
 だが、何かを知る手がかりもない。ヴィンセントも、向こうから会いに来ることはあるが、こちらからは居場所を知らないので行きようがない。しかし…いや、だからと言うべきなのか、ふとした時にあの不可解な事件を思い出すと頭の中でとりとめのない思考が溢れだす。
 唯一の手がかりはヴィンセントの話と私の紙を切る技、そしてあの時のおぼろげな記憶だけだ。
「これがそんなに凄いことなのかねぇ……」
 使用済み書類を五本指で掴んだ状態で思いっきり力を入れる。と、紙はバラバラに切れる。3回繰り返せばもう絶対完成しないジグソーパズル状態だ。…などと考えていると、ケイが降りてきた。
「あ、先生。何してるんですか?」
「ん、使用済み書類の処分をな……」
 私は気にせず作業を続ける。それにしても、不要な書類が山ほど出てくるな……ここ数ヶ月、面倒でやってなかったからだろうが……
「先生、それ…どうやって切ってるんですか?」
「別に…普通にやるだけだが。」
 確かに傍目にはただ握りつぶしているだけにしか見えない。だが、紙は細切れ状態。確かに他人から見たら怪奇現象…と言ってもいいかもしれない。
 そういえば、ヴィンセントが霊術とやらの説明をした時、最後にこの技のことを聞いて帰っていった。私としてはこれを紙を切るものでしかなく、他に試したことはない。だが、状況を考慮すると、もしかしたら……
「あ、そうだ。先生、今日はいつ夜ご飯にするんですか?」
「まだ日も暮れてないだろ……気が早すぎるぞ。」
「いえいえ、先生の作るご飯は美味しいですから♪」
 ………マヌケな会話のせいで一瞬、さっきまで何を考えていたかを忘れかけてしまった。

 夕食前、少し自室にこもって考えてみることにした。
 仮に私の身につけた術が“悪魔”に対して十分な殺傷能力を持つものだとしたら、一体どうなるというのか?ヴィンセントは直接言おうとしなかったが、私が仮に霊術とやらをそれなりに使えるとするなら、“悪魔祓い”の機関は戦闘員として使うなり術を何らかの手段で奪うなりするのだろう。ヴィンセントがわざわざ黙っていたということは、アイツの性格的にはそういう事態にはできるだけしたくない……そういうことでもあるのだろう。しかし、機関の体質にもよるが、軍である以上、恐らくは……
「………………ん?」
 何者かの気配を窓際に感じ、窓の側の物陰に隠れる。荒々しい息遣い、足音…先日のように“悪魔”なのだろうか?私に対して攻撃しようとしているのか?それとも通りかかっただけなのか?……ほんの一瞬、沈黙が訪れる。
 バリィン!
 その沈黙を破ったのは“悪魔”2体の窓ガラスを割っての侵入だった。見るからに凶暴そうなヤツらだ。これらも獣とも人ともつかない。……先日のヤツの仲間だろうか。と言っても、そんな疑問はどうでもいい。部屋を荒らされる前に、私は自分の勘を確かめてみることにした。
 両手のそれぞれ手首から指の部分までに意識を集中させ、それからほんの1秒弱。私は“悪魔”の内の一体の方へ飛び掛り、それの脇腹を強打する。殆ど、抵抗のようなものの感覚はなく、空気中に手を泳がすのとほぼ同様に私の右手はその脇腹を通過した。気付いた瞬間には無意識の内にもう一体も体を真っ二つに切り裂いていた。飛び出すまでの感覚的には結構長く感じたが、恐らく実際に経った時間は窓ガラスが割られてから10秒も経っていまい。その時、ケイが階下から駆け上がってきて部屋に入ってきた。そして、ヴィンセントと例の女性…スティアが事件からほんの5,6分後にやって来た。

「しかしまぁ……二度も自分で解決しちまうとはね……恐れ入ったよ。」
 そう言ったのはスティア。感心とも呆れともつかない非常に微妙な顔をしている。彼女は悪魔の死骸を一瞬で蒸発させてしまった。部屋の汚れは自力でなんとかしろ、とのことだ。
「そういえば、アタシはアンタの能力を見てなかったね……参考までに、ちょっと見せてくれるかい?」
「オイ…」ヴィンセントは横目でスティアを睨む…が、スティアの態度は変わらない。
「別に、構わないが……」
 さっきと同じように、ただし右手のみ手首から先に意識を向け、左手で宙にクシャクシャに丸めた紙を投げ、まさに手刀で切るといった感じで上からそれに対して右手を振り下ろす。と、紙は例の如く真っ二つに切れた。
「な……………!」
 スティアは私の予想以上に驚いていた。おそらく、ヴィンセントが初めて私の力を見たときの10倍くらい驚いているのではないだろうか。概要は知っているはずなのに。
「何をそんなに驚いているんだ?ただの“霊手刀”だろ?」
「“ただの”じゃないんだよ……コレは。」
 スティアの顔は少し青ざめているようにも見える。横にいたヴィンセントは「おおげさだな、お前は」とでも言わんばかりの顔だ。
「お前がそこまで驚く理由がさっぱりわからんね……確かに一般人にしちゃ相当上手いけどよ……」
「わからないのかい……?」
「は?」
 スティアの考えていること、言っていることを私もヴィンセントも全く理解できていないらしい。まぁ、私の場合はわかるわけはないのだが……
「あー、もういいよ。とにかく、特に何も問題はないみたいだから、撤収。」
「ちょっと待て。窓ガラスとかはどうするんだ?」
「さっきも言ったろ?自力でなんとかしろ、ってね。」
「……………………」
 そう言ってスティアは去って行った。ヴィンセントは「悪ぃな」と一言言って急いでその後を追いかけていく。そこには茫然とした私と一言も口を利いていなかったケイが取り残された。

「お、終わった………」
 窓ガラス、書類、悪魔の血、その他色々の片づけが夜中にようやく終了した。もう普段の就寝時間を4時間以上回っている。夏だったらもうそろそろ日が昇る時間だ。
 それにしても、何故スティアはあそこまで驚いたのだろうか。ヴィンセントによれば、一般人の中に霊術を使えるものを発見するケースはこの街だけでも一年に5,6件くらいはあるらしい。その中の何割かが霊術師となったりもするらしい。それなら、一般人がそれなりの力を持っているのを見たことも何度かあるはずだ。……それなら何故あそこまで驚く?見た感じ彼女は相当場数を踏んでいると思う。
「……ブツブツ考えても仕方ないか。」
 私は、自分のとりとめのない思考回路を無理矢理停止させ、眠りに就いた。

ここで時間を少し、ヴィンセント達がロッソの家を出た所まで遡る。また、手記の書き手もヴィンセントへ交代する。

「おい、ンな急いで出ることはなかったんじゃねぇの?」
「道草食ってるヒマがあるなら仕事しな。」
 相変わらずムカツク喋り方だ……だが、それよりロッソのことを聞いておかなくてはならないだろう。やはりムカツクが、オレには何がそんなに不思議なのかがわからない。
「なぁ、ロッソの力が何でそんなに……」
「ホント、アンタの目は節穴だね。ちゃんと神経繋がってんのかい?」
 炎のように湧き出る殴りたくなる衝動を必死に抑えてスティアの話に耳を傾ける。……いつか復讐を果たすと心の隅で誓いながら。
「アイツの霊力……やっぱり異常なんだよ。」
「どこが?」
「ハァ……まず、あの力はアタシの睨んだ通り、間違いなく熾天使級だよ。」
「いやいや、いくらなんでもそれはないだろ。それならオレだって……」
「続きがあるんだよ。黙って聞きな。このアホ。」
 ……相変わらず一言多い奴だな。もっとも、スティアの力量を測る技術はオレとは根本的に次元が違うのでいくら悔しくても黙って聞くことしかできない。
「普通、霊力ってのは全身に散らばっているのを身体の一部に集中させ、ある程度消費して術を行使する。それは誰だってそうだ。だけど、アイツはまるで違うんだよ。……両手、手首から先にしか霊力が存在していない。体のほかのどの箇所も霊力が欠片も覆っていない。」
「それでどうなるんだ?」
「素手に霊力を溜めて戦う場合、適正とされるのが全体の30%が両手に集中していること。50%行くヤツは相当上手い部類だよ。だが、ロッソとかいうあの男は100%の集中率。この数字の意味だけどね……下級三隊の一つ、権天使級の霊力を持つヤツが30%集中させれば攻撃力は二階級上の力天使級に相当する。50%でさらに二階級上の座天使級。これでそこらの多少名の売れた刀剣を軽く凌駕する切れ味になる。100%でどうなるか……わかるかい?」
「ああ………」
 つまり、更に二階級上の熾天使級以上の攻撃力……ってワケか。他の部分に霊力がないってことは耐性がないってことなんだろうが、それでもそれをカバーして余りあるレベルだ。
「こんな霊術師、見た事はおろか、今までの記録に載ってもいない。……アンタには悪いけど、野放しにできる事態じゃないね。」
 野放しにはできない……か。


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